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読書日記を感想文的に書き綴っています。「お知らせ」には日々の雑感、興味のある分野を記載しています。
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11.27(日)読了
「生きがいシリーズ」第3弾。
前回の第2段が「物語としてお読み下さい」と記した反省から、今回は論理的、学術的側面の強いスピリチュアル本になっています。

さまざまな仮説を立てながら、論理的に生きがいとスピリチュアル、科学と宗教を昇華しようとしているのは評価できます。無心論者、唯脳論者、さらには様々な宗教の信者などにも受け入れやすく、すっきりと読みやすい本になっています。その反面、核とした主張が感じられないという欠点もあります。著者のギリギリの判断、ジレンマなども垣間見ることができます。

生まれ変わり、カルマなどがあるかないかは別として、人生をより良いものにするための考え方としては、言い出しの思考法はとても優れていると思います。宗教上の考え方の違いなどにより百年論争をするよりも、ずっと実りのある考え方ではないでしょうか。あの世のことは死なないと分からないのですから。
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11.25(金)読了
今巻は「医食同源対決」ということで、食の根本ともいうべき、食と健康について題材にしています。
食べることと生きることは密接なかかわりがあり、更には、食べることによって生きる意欲が沸いていることがあります。単なる栄養素にとどまらず、食事には、人生を楽しく過ごすために大切な要素というわけです。

究極と至高のメニューで医食同源を題材として争われ、結果は引き分けに終わります。究極の側としては救われた対決だったでしょう。旗色はかなり悪かったですから。

あと、山岡が究極のメニューを完成させるということを口走ったものだから、雄山に一喝されました。料理に終わりはない、と。それはそうだろうけど、永遠に続けるわけにもいきませんからね。

その他、当時日本中を震え上がらせていたBSE問題についても取り上げています。そうえいば、その時の焼肉食べ放題のお店、ガラガラでした。そのため、友人と2人で食べに行ったときは、暇だったからかえらく待遇が良かったのを覚えています。
11.22(火)読了
奥田英朗の最新刊、と思って図書館で予約したのがはや数ヶ月前。ようやく借りて読むことができました。

今回は、やくざの下っ端、純平くんが主人公。純平の3人称1視点で物語が進行します。
片親で母親が水商売、男をとっかえひっかえするという恵まれない境遇の純平くん。高校中退後、やくざの世界に身を投じる。憧れの先輩の舎弟となり、いつかはこの世界でビッグになってやるという大望を抱くも、現在はやっと盃をもらったというペーペー。

そんな純平に、組長から直々に指令が舞い降りる。競合やくざの組長をヒットしろという命令だ。いわゆる鉄砲玉だが、ここはチャンスと純平は先輩に相談せずに「やらせていただきます」。後で知ることだが、先輩は組長に、鉄砲玉を1人差し出せば独立を許可するという言質をとっているという。純平は、渡された40万円ほどで最後の娑婆の数日を豪勢に過ごす。そこでなぜか、さまざまな人と出会い、友情、愛情などを暖めあう。「なんで最後の最後にこんな暖かな気持ちになってしまうのか」とタイミングの悪さを噛み締めながら楽しい数日を送り、いよいよヒットの夜。純平は夢現の状態で組長に襲い掛かる。

なんていうか、青春小説ですね。
悲しい内容ではあるのですが、文章が軽妙なので暗さはありません。純平君は痛々しいですが、これも漢の決めた道、というところでしょうか。騙されていることに薄々気付きながらも、そのまま突進する。これは悲しい。

今作は割と軽いタッチで書かれているため、とても読みやすいです。奥田作品はどれも読みやすいですね。内容もまずまずと思います。
11.19(土)読了
半自叙伝的小説。中篇2編を収録しています。
いつものように女性に対するさまざまな暴力、他者への理不尽な行為が満載です。傾倒する小説家の遺作を収集するために、付き合っている女性の両親から300万円を借り出し、その一部を生活費に充て、お金が足りなくなると友人、知人、付き合っている女性の両親から金を無心し、傾倒する小説家の遺作収集、全集発行資金に充て・・・・・・、の無限ループ。

気に食わないことがあると激昂し、女性に暴力を振るう。無心に応じないと知人に罵倒を浴びせる。理不尽な行為の連発。読んでいる途中で胸が悪くなりました。しかし、読者の心を揺さぶるという意味では成功している小説でしょう。ある意味すごい。内容的には、おそらく女性の読者にはついていけない人が多いんじゃないかな。自分の身に置き換えると、と考えたら身震いしそう。

とにかくリアルな小説です。そして切なくなる。ああいった生き方しかできないのかな、と思ってしまいます。
11.16(水)読了
最新刊の第八巻。京介が黒猫から告白されて、付き合うところから始まります。
付き合うことが決まり、さっそくプールや祭りや互いの家への逢瀬に余念がない2人。一方の桐乃はなぜか機嫌が悪い。全巻のラストでは偽の恋人まで連れてきて京介を挑発する。

夏休みが終わり、黒猫が消えた。いきなり転校したらしい。動揺した京介は、桐乃に「人生相談」を持ちかける。そして桐乃と共に黒猫を奪還する作戦を決行、とある温泉宿で黒猫を発見。話し合う。そこで、桐乃、黒猫、京介の本音をそれぞれ暴露。桐乃は京介と黒猫が付き合うことが嫌だと言う。結句、黒猫と京介の恋人関係はとりあえず終了。ちなみに黒猫が引っ越した先は千葉の松戸、さほど遠くない場所と言うことが判明。

ラストはなんとなくほんわかムードで、この巻が最終巻であると思わされました。しかしまだまだ続くようです。なかなか面白い本だし、ずっと続いて欲しいと願っています。
11.13(日)読了
短編を4編収録。内容は、いつもの通りの半自叙伝風です。

中学卒上と同時に家を出て、日雇い、金の無心、喧嘩、挙句の果てに留置場で取り調べ・・・・・・。どこまでが本当でどこからが虚構かは分かりませんが、この内容の3割が本当だとしても引きます。それほどひどいことをやっているし、それを赤裸々に小説として綴っているのは、並みの神経ではできないと思います。中島らもの比ではない。

古めかしい漢字を使用しているのも雰囲気が出ていて良いと思います。文章も巧い。あとは内容さえ万人向け(特に女性向け)するようなモノだったらもっと売れると思うのに、と、まったくどうでもよいことを考えてしまいました。迎合するという意味ではなく、女性を張り倒したり、喧嘩、家賃の踏み倒しのひどい話ばかりだとコアなファンしかつかないと思うのです。

そのコアなファンのひとりが私、です。
11.10(木)読了
いわずと知れた、新渡戸稲造の名著です。
外国に行った際、外国人から、日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳教育を行っているのかと問われて、答えに窮した稲造氏。黙考した結果、それは武士道にありという考えに至ります。その考えを纏めて一冊にした本著は世界的なベストセラーとなりました。当時のアメリカ大統領も読み、友人に勧めたという逸話も残っています。

知っているようでまったく知らない武士道。この本を読めば、その真髄がわかります。外国のさまざまな有名人や文化、風習と比較文化論的に書かれているので、特に西洋の人々にも分かりやすく書かれているのが特徴です。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのは有名な言葉ですが、単に死ぬのは犬死であり、武士道の認めるところではありません。誰のために、どのように死ぬかがポイントです。名誉を守るためには死を厭わない、つまり、名誉は命よりも大切なものであるという考え方です。では名誉とは何かということですが、長くなるのでやめておきます。興味のある方は本を読んでみてください。
11.6(日)読了
麻原彰晃死刑囚の4女の手記。
麻原家で有名になったのは、長女のドゥルガー、次女カーリー、三女アーチャリーの3人で、4女ののりかさんは名前を聞いたことがない人も多いと思います。事件当時はまだ6歳ということもあり、ホーリーネームなども与えられていなかったようです。

内容的には、彼女のオウム内での生活、その後の生活などが淡々と綴られており、文章的にもしっかりしているため(手入れは入っているにしても)、好印象でした。オウム内部では、ドゥルガーは父親が高いステージに至る前の娘ということもあり、あまり厚遇されていなかったようです。カーリー、アーチャリーは高いステージ後の娘ということもあり実権があったみたいです。特にアーチャリーは最終解脱後に生まれたため、存在自体がある種の「神」のように捉えられていたそうです。

のりかさんは、父親が捕まる時は6歳で、正式にお披露目もしていなかった(聖名がなかった)こともあり、信者さんたちからは、ウマー・パールヴァティ・アーチャリーほど重んじられていませんでした。家族間の問題、権力闘争などもあり、大変な人生を歩んできたようです。また、事件の被害者がたくさんいるにも関わらず、信者のお布施で贅沢に生活している家族に嫌気もさし、家出、自殺未遂を企てています。

あのような生活環境、生育環境ではしかたがなかったのだと思います。彼女は事件とは関係ない一個人という人もいますが、やはり家族があれだけの事件を起こしたのですから、無関係ではいられません。レッテルを貼られるのは仕方がないでしょう。かわいそうとは思いますが。

読んでいて気になったのが、第9章。彼女は神が見えたり、普通の人が見えないものが見えたりする、と言います。見えないものが見える(もしくはそう感じる)こともあるかもしれません。あるいは、脳の誤作動、被害妄想的なものかもしれません。病気なら治療しなければならないと思いますが、生活に支障がないのならば良いと思います。

私が気になったというのは、そのようなことを本に書くという行為そのものです。普通の人なら、もし何かが見えたとしても公には出しません。それが思慮分別です。自己の言動により、他人がどう考えるか、どう捉えるかを認識し、言うべきことは言う、言うべきでないことは噤むというのが社会性であり、「正常」な判断力だと思います。とりわけ、彼女の立場は教団内外で微妙なので、一般人として普通の幸せを掴みたいと思っているのならば、書くべきではありませんでした。(※「視える」ことは珍しいことではありません)

神秘体験云々よりも、そのような言動そのものに、私は問題があるのではと思いました。

範華さんが幸せに暮らせるように祈っています。
11.3(木)読了
食と環境問題について。
今年3月に発生した大地震、原発危機を予測した訳ではないでしょうが、原発の危険性について取り上げています。社会派漫画としては良いのかもしれませんが、ここまでくるともはや気軽に読める漫画ではないような気がします。読んでいて気が重くなるし、小難しくてあまり面白くない。教科書的な内容はもう少し省いて、漫画的な面白さを前面に出すほうがいいのではないかと思います。

あとは、毎回恒例の、中の悪い親子がちょっと歩み寄る仕掛け。わざとらしく映ってしまうのは私だけでしょうか。もはや水戸黄門さながらのベタなつくりですが、これも読者に受けが良いのでしょう。雄山も丸くなったような気がします。最初に比べて。

正直、この巻はあまり面白くなかった。この内容が続くと人気がなくなると思います。原点に戻って漫画の面白さを出してほしいと思います。
11.1(火)読了
101巻は、食の安全について。103巻は、日本全県味めぐり和歌山編。

食の安全についての巻には、食品添加物メーカーに勤めていた安部司氏が登場しています。安部司氏は「食品添加物の裏側」という著書を刊行しています。私もこの本を読みましたが、食品メーカーでは安易に添加物を使用しており、こと添加物に限って言えば、人体実験をしているといっても過言ではない状況があります。添加物を組み合わせることによって豚骨ラーメンの味を再現できるところなど、背筋に寒気がします。

日本全県味めぐりは、前回の青森県に続いて、再び地味な和歌山県です。りんごの次はみかんといったところですが、どうも味巡りはあまり面白くない。現地の人をたくさん登場させて、まるで安易なレポート漫画を作成している感じがします。究極、至高のメニューと冠しておきながら、その実、取材先の料理を人物とともにアップしている感が否めない。その辺のおかんの料理じゃん、という地味なものもたくさんある。本当に美味しいの? 究極なの? 至高なの? と思ってしまいました。


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